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打ち上げた麺体を切るのは包丁仕事。
そば打ちの仕事の中で一番難しそうで素人受けする作業。
だが水回しや延しがきちんと行われていれば楽な仕事なのである。
駒板というガイドの板を八枚畳みにした麺体の上に載せて切って行く。
体を半身に構え、駒板の枕に沿って包丁を少し上方に落す。
切り幅は上方へ滑らす長さによって決まる。
一回一回目で確認することはしない。
駒板に乗せた左手の力加減、包丁を握る右手の力加減、
そしてそれらの力を導く半身の腰の力加減。
三つの正確な力の度合いが合わさった時に力は消える。
駒板とそれに触れ合う包丁が奏でる駒鳴りの音はその証拠。
蕎麦を打ち始めて2,3年位の頃、
2センチ程の枕の高さを飛び越えた包丁で左人差し指をざっくり切ったことがある。
原因は三つの力加減のバランスが崩れたこと。
怪我は即営業停止につながる。
それ以降蕎麦庖丁は蕎麦だけを切っていた。
だが先週の土曜日、大怪我寸前の事故発生。
約1,2ミリに延された麺体は、
45回包丁を入れることで二人前のそばの量350gになる。
打ち台の下に置かれたビールケースに左足先が引っ掛った。
包丁の回数は20回ぐらい。
そのまま残りの包丁を入れようとズボラをしたところ、
蕎麦の神様は見事に警告を発してくれた。
以前怪我した同じ所に包丁が飛ぶ。
幸い傷の深さは1ミリ程度だったので1時間ほどで血は止まった。
慢心が招いた怪我。
「素人みたいなケガすんじゃねえよ〜」と久々に登場した「師匠」に喝を入れられた。
今ガリア地区を中心に流氷祭りが行われている。
だが週末のお客様はほとんど地元の方達。
確実に流氷を眺めることができる知床方面に観光客は流れる。
自分の街にだけにお客さんを呼び込もうというせせこましい考え方は捨てて、
網走や斜里と連動するような観光の方策を考える時期にきていると思う。




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蕎麦屋だから当たり前だが、賄いは毎日蕎麦である。
お客さんの合間を縫って、または売り切れ仕舞いの閉店後、
立ったまんま蕎麦を啜る。
新しい品書きが出る時はそれを食べてみるが、
それ以外はせいろが基本。
辛味大根のおろしを汁に添える。
もっと栄養のあるものを作らなければと思うが、
食べる時間が3時近くなので、あまり重たいものだと夕食の支度をする気がなくなる、
と主婦でもある今のパートさん2名の言葉に甘えている。
でもこれが飽きないのですな〜。
辛味大根を汁に入れると蕎麦の甘味が途端に際立つ。
食物本来が持つ甘味、つまり旨味を引き出すことは料理の基本。
そんなことを辛味大根は教えてくれる。
馬鹿タレントが旅番組なんぞで新鮮な刺身を食べて「甘〜い!」と言うのは、
表現力の無さゆえの味覚の本質を伝えてくれている。
健康のためにも砂糖や味醂を使わぬ甘味を引き出すのが肝要。
でも何か一味足りない時に力を発揮するのが、
砂糖のひとつまみや、小匙一杯の味醂だったりする。
人の生き方にも通じるようで面白い。
どこをとっても欠点の無い真面目を絵に描いたような人間は魅力を覚えない。
あの高倉健も銀幕の上での寡黙さとは違い、
少しお喋りでお茶目な部分もあったそうである。
そんな隠し味が、誰からも好かれこんなにも惜しまれる存在になったのだろう。
学生時代、小田急線やJR横浜線をよく利用していた。
駅構内には立食い蕎麦屋の屋台があった。
かけ蕎麦で200円か300円の値段だったと思うが、
電車賃にも事欠き、一駅前で降りて歩いて帰る身分には手が出ない。
出汁と醤油の混ざった匂いは、いつも空腹だった自分には強烈な誘惑だった。
銭湯から出た隣の蕎麦屋の匂いもまたそうだった。
息を止めて走って通り抜けた気持が忘れられない。
若い時の苦労は買ってでもせよと言われる。
自分が経験したことなど、苦労の足元にも及ばない事柄だろう。
だが今の「にの字」の隠し味になっているのではないかと思う。






蕎麦打ちって力仕事で大変ですねとよく言われる。
だがそんなに腕力が幅を利かす世界では無い。
少し力が要るのは捏ねの過程ぐらい。
延しや切りの仕事の段階では余分な力はかえって邪魔。
重々分かっていながら腕先の力だけでやっつけてしまうことが度々である。
そんな未熟な作業の結末は厚みの整わぬ延しと、
切り幅が微妙に違う包丁仕事に繋がってしまう。
延し棒や包丁を介して蕎麦と話をする。
そのような蕎麦との接し方が一番大事なんだなとつくづく思う。
気温や湿度が変わろうと毎日同じ蕎麦を打ち続ける、
職人仕事とはそういうものである。
例えば包丁。
スカコン、スカコンという包丁と駒板が奏でる心地の良い音。
腕や肩に余分な力が入っているとあの音は聞こえない。
修行経験のない独学蕎麦屋は、職人と呼ばれることに憧れを抱く。
独学とは毎日が間違い探しのようでもある。
このやり方で本当にいいのか自信が持てない。
試行錯誤。
まさに一歩進んで五歩下がる毎日である。
力の抜き方なんぞは、どの本を読んでも書いてなんかはいない。
そば職人への道は遥かに遠い。
今月号の「dancyu」。
見事な職人の記事が載っていた。
神奈川は湘南、藤沢の尾島肉店の店主である。
かの開高健が絶賛した希代のハム職人。
彼の言葉が職人の王道をど真ん中に通しているようで胸がすく。
「職人がこだわりなんて言っちゃいけねえ」
「じゃあ手前えにとっての当たり前はどおゆう事よ?と聞かれてしまうぜ」
「芸術品を作っているんじゃねえ。当たり前の仕事を手抜きをしないでやっているだけ」
なんでもかんでも「こだわりの何々」と表現したがる世間の風潮に杭を打つ。
新聞や雑誌の取材を受ける度に「この店のこだわりは何ですか?」と聞かれる。
「こだわりは特に無いです。普通の蕎麦を普通に打っているだけです」
素っ気なく答えるとがっかりしたような顔をする。
「こだわり」とは当たり前の仕事を当たり前以上にこなせるようになった職人に許される言葉。
力の抜き方に迷っている6年目の蕎麦屋が使える言葉ではない。
肉店には開高健の色紙が飾ってあるそう。
「朝露の一滴にも天と地が写っている」
その意味を聞かれた店主は「サボんなよ!ということだろ!」と答える。
見事。
大好きだった映画俳優「高倉健」が死んだ。
いつも彼の背中を追い続けていたような気がする。
テレビをつけるとあの板東英二が口の端に泡を溜めて思い出を喋っている。
本当に健さんはこんな奴と好きで付き合っていたのだろうかと思う。
滅多にそんなことはしないのに、1週間ほど前BSで、彼が主演の「動乱」を観たばっかり。
あの2・26事件の青年将校の役だった。
銃殺刑に処せられる時の無念の表情が健さんの最後と重なる。
生き切った笑顔だったそう。
散り際は男の美学の最終章。
とことん高倉健を演じ切った。
これもまた見事。
この国にとってかけがえのないものを失った。




土曜日はお客さんの出足が遅い。
だが、先週は違っていた。
開店と同時にほぼすべての席が埋まる。
注文を聞くと半分以上が舞茸天と鶏天、海老天と天ぷらのオンパレード。
全部の天ぷらを揚げてしまって蕎麦を茹でるのが一番手っ取り早い。
でもそうするには天ぷらの数が多過ぎてお客さんを待たしてしまう。
席を三つのグループに分けてお出しすることにした。
当店のフライヤーは小さい。
この頃一番人気の舞茸天は四個の舞茸が乗るので、
カリッと揚げるには一人前ずつのやり方になる。
大汗を書きながら三番目のグループに取り掛かった時、
海老天蕎麦を注文した初老の男性がカウンター越しに、
「まだかな?時間無いんだけど!」と言う。
壁の時計を見ると11時20分。
15分少々しかお待たせしていないはず。
「立食い蕎麦屋じゃねえんだぜ!」と心の中で悪態をつきながら、
「いま茹でてます!」ムッとしながら少し尖った返事が返る。
後でよく考えてみると、紋別空港の東京直行便を利用の方だったかもしれない。
成る程急かせた合点がいくとちょっと反省。
市内のホテルが紹介して下さっているのか、
東京へ帰る前に当店で蕎麦をというお客さんが増えている。
有難いことなのだが飛行機は待ってくれない。
可能であるのなら開店と同時にお越しいただきたい。
もしくはその旨事前に電話をくだされば、
開店前でもお通しいたします。
それにしても舞茸天の出方が凄い。
昨日の日曜日も41名様のご来店で大忙しだったのだが、
三割の方が舞茸天の注文。
実は舞茸の天ぷらは結構厄介なのです。
水分が多いので油跳ねが半端でない。
そして水気をたくさん含んでいるということは揚がり際の判断が難しい。
揚げ過ぎると独特の良い香りが飛んでしまう。
常に揚げ箸で表面を触りながら揚げ時を探す繊細な仕事。
「にの字」の天ぷらは美味い。
と言われているようですが、店主の腕が良いわけではない。
常に心掛けているのは新鮮な油を使うこと。
他店の半分の時間で油は交換される。
後は天ぷらの師匠である銀座の名店、
池波正太郎が愛された「てんぷら近藤」の近藤さんのおかげ。
勿論直接教えていただいた訳ではない。
「てんぷら近藤のすべて」という本を通じて勝手に弟子になった。
この本は、ここまで書いていいのかという程、
天ぷら仕事の手の内を明かした本である。
何回も何回も読み返す。
文字で表現出来ない行間の思いを吸い取るように読む。
舞茸天は教えの通り少し濃いめの衣を付ける。
傘のところの余分な衣を切ってから油に放つ。
表30秒、裏を返して30秒、1分程で揚げ時である。
四個の舞茸天は丼を覆い尽くし蕎麦が見えなくなる。
入れ過ぎかなとも思うが、油が軽いせいか女性のお客さんも残さず食べてくださる。
「ウチは蕎麦屋で、天ぷら屋じゃね〜!」と呟きながら、
舞茸の天ぷらを揚げる毎日が続きそうである。
.





しばらく「にの字御膳」のご予約が入らなかったが、
先週の週末に二組七名様のご利用があった。
土日は日中混み合うので夜はやりたくないのが本音。
だがそんなことは口が曲がっても言えないので、
疲れた体をなだめすかしながら、それぞれ3時頃から準備に精を出す。
鴨のしゃぶしゃぶはそんなに大変ではない。
鴨も野菜も切って皿に盛り込めば終わりである。
時間がかかるのがお通しの九点盛り。
大きな白い角皿に九品の料理を少しずつ色良く並べる。
今回は、自家製鶏ハム、牛蒡の八幡巻、オクラの白和え、
人参ナムル、カボチャのサラダ、ササミとチーズの揚げ春巻、
茗荷の甘酢漬け、鰤のづけ、帆立の昆布締め、
以上のラインナップ。
パートさんたちは言う、
「大将!少し手をかけ過ぎ!九品は多過ぎ!」
そんなことは言われなくても、やってる本人が一番よう分かっている。
メガ盛りで有名になった食べ物屋のオヤッサンがよく言うセリフ、
「やってるうちに止まらなくなった」と同じである。
最初は三点盛りだった。
それが五点になり、六点になって何時の間にか今の九点に。
初めて利用されるお客さんは必ず言ってくれる。
「わー!きれい!!」「すんごいな!」
その台詞が聞くことができればこちらのもの。
つかみはオッケーというやつですな。
土曜日は三十代半ばのご夫婦。
ベビーカーに一歳位の女の子。
最初は大人しくしていたが、やがてぐずり出すと、
交代であやしながら召し上がっている。
今時の若者さんかなと思っていたら違っていた。
食べ終えたお皿が始末のしやすいように、
テーブルの端に並べられている。
使った紙お絞りはきちんと畳まれていて、
分別がしやすいように包みのビニール袋と分けられている。
こういうお客さんは送り出した時の疲れが感じられない。
きちんと片付けられたご自宅の様子さえ目に浮かぶ。
またのご来店お待ちしています。



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