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営業時間の短い飲食店のことを時短店というらしい。
テレビで特集をやっていて何回か面白く見た。
今日取材された店は11時開店で14時にはもう閉店。
理由は閉店後に宅配用の弁当を作るためだそう。
当店も週の殆どは時短店だ。
水曜日から土曜日はパートさん1人と店主の2人体制である。
この間は毎朝おおよそ30人前の蕎麦を打つ。
北高の跡地に広域病院が建てられ間もなく開業する。
工事関係の人も多いが、勤め人の方達の比率が随分増えた。
人の流れが変わったのだと思う。
特盛り、大盛りの注文がどしどし入る。
並盛りは茹で前で170g、大盛りは同じく250g、特盛は300g。
だからそんな日は25,6人で蕎麦が無くなる。
もっと打てばいいと思われるかもしれないが、
お客さんが集中する11時半ごろから13時半ぐらいの間、
店主も厨房から出て、配膳、盆下げ、お席の案内と、
2人コマネズミのように働いても2回転回すと限界が近づく。
洗い物がシンクに山をなし、下げたお盆の置き場所がなくなる。
残りの蕎麦が3人前程になるとそろそろ売り切れ仕舞いの札を出す頃合い。
時計を見ると午後1時半。
まさしく時短店である。
閉店後は様々な仕事が待っている。
溜まった洗い物を片付けて遅い賄いをかっ込んだ後は、
蕎麦釜やフライヤーの洗浄。
翌日のネギを切ったり牛蒡を切ったりしていると時間は4時を過ぎる。
それからは不足の食材の買出し。
戻ってからは次の日の出汁のために水を計って昆布と干し椎茸を浸し、
ガス台やシンクの掃除、厨房の床のモップがけなどなどが終わると6時を廻っている。
早朝3時に起きてからほぼ15時間にわたる時短店の長時間労働が終わる。
何の食べ物商売でも似たようなものだが、
特に手打ち蕎麦屋は店を開けた時には7割方仕事が終わっている。
「営業時間短くていいね!ラクでしょ!」と言われることがたまにある。
説明するのが面倒臭いので「ええ、おかげさまで楽させてもらってます!」
と答えているがとんでもないのである。
東京の老舗蕎麦屋「有楽町更科」の元店主であり、
漫画「そばもん」の監修で知られる故藤村和夫さんは、
「脱サラ蕎麦屋」や「定年蕎麦屋」の増加にこう言って警鐘を鳴らしていた。
手打ち蕎麦屋は10代後半に修行に入り、
30代で独立開業、4、50代で円熟期を迎え、
60代以降は若いもんを使い、衰えて行く体力と相談しながらの厳しい商売。
蕎麦打ち教室に通い、そこそこの蕎麦を打てるようになると、
自分の店を持ちたくなる病に取り憑かれる人達にやめた方がいいと。
全くその通りである。
人気TV番組「人生の楽園」
山の中で手打蕎麦屋を開く夫婦などが時々登場する。
あれはたっぷりの退職金と行く末なんの心配もない年金をもらえる人たちの物語である。
なけなしの退職金だけでは足りず、
銀行から借り入れを起こしてまで蕎麦屋をやろうと思っているお父さん達。
絶対おやめなさい。
何年か頑張ってみるものの所詮は素人商売。
そのうち腕や腰を痛めにっちもさっちもいかなくなる。
最後に待っているのは年金で借入金を返済するという、
「人生の楽園」ならぬ「人生の失楽園」なのである。






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最近のケンタッキーフライドチキンのCM。
国産の鶏肉を使用するようにしたというやつ。
中国工場で問題を起こしたマクドナルドを意識してのものだと思うが、
じゃあ、今までどこの国のものを使っていたのよと、
ツッコミを入れたくなりませんか。
国産イコールすべて安全という図式は、
食料自給率がカロリーベース、生産ベース共に50パーセント前後のこの国では成り立たない。
例えば当店で使っているベルギー産の鴨肉マグレカナール。
世界一安全基準が高いフランスを主な輸出国としている鴨肉である。
フオァグラを採るために飼育されている合鴨なので、
肉質は柔らかく脂味のクセも全く無い。
地産地消を考えると道内産滝川の合鴨肉を使いたいのだが、
価格的に採算が取れない。
様々な国のいろいろな食品を、
確かな知恵で取捨選択しなければならない時代なのである。
蕎麦粉は国内消費量の7割が外国産である。
一番多いのがモンゴルを含めた中国産。
値段はほぼ国産の半分以下。
円安が続き少し輸入価格が上がったようだが、
蕎麦屋の儲けを支えてきたことに間違いはない。
味的には国内産と比べ一般の人が食べてはほぼ遜色は無い。
だが不明確なのは農薬の使用量などを含めた安全基準。
そんな蕎麦粉を使わずに幌加内産にこだわり6年間やってきた。
蕎麦は救荒作物と言われるように、
栄養分の無い痩せた土地でも栽培でき、
冷害などで米が実らない年でも蒔いてから四か月ほどで実をつける。
肥料はやはり使った方が美味い蕎麦ができるようだ。
幌加内では収穫後や種を蒔く前の畑に赤色クローバーを育てて緑肥としている。
自然のものなので安全性には全く問題はない。
さて最近のにの字は昼時の甘味ものをお断りしている。
理由は作っている暇が無いため。
ほんの少しでもいいから食事のあとに何か甘いものをという女性の皆さんには不評だろう。
そこでさっと作れる何か良いものはないかと探していたところ、
上川地方振興局のホームページで、
蕎麦饅頭を作成している「プチトマト」という幌加内の主婦のグループを知る。
そば祭りの期間中の販売を主としているようだが、
50個単位で受注生産をするという。
早速本日電話をしてみた。
饅頭は冷凍保存ができることを確認。
蕎麦粉の比率を高めてより風味の良いものにすることも可能という。
取り敢えず50個を注文する。
1個の大きさが小ぶりなので、
饅頭2個と蕎麦茶のセットで出してみようと思う。




大分陽気が良くなってプラスの10度近くの日が続くようになってきた。
そんな今は冷たい蕎麦と温かい蕎麦の注文が拮抗する時期。
温蕎麦用の甘汁の仕込の量に頭を悩ます日が続く。
甘汁は当日使い切るのが基本。
霧多布の昆布と国産干し椎茸を一晩水で戻したものに、
高知の宗田鰹と鯖節の厚削りを贅沢に使い出汁を取ったこの汁は、
早々簡単に捨てることはできません。
過去3年位のデーターと当日の天気予報、
そして一番頼りにするのは店主の勘である。
今月最後の日曜日3月29日の天候の予報はさほど気温は上がらずとのこと。
来店者数を40数名と想定し多めの甘汁を作る。
ところが蓋を開けてみると、予報の通りの肌寒い天気にかかわらず、
冷たい蕎麦の注文が続き甘汁が大量に残ってしまう。
店主の負けである。
泣く泣くシンクに鍋を空ける。
ところで最近の主婦の皆さんは味噌汁の出汁をどのように取るのでしょう。
パートさんたちに聞いてみた。
答えは「ほんだし」。
周りの友達もみんなそうだよと。
煮物は「麺つゆ」だから出汁を取るという作業はそのうち忘れ去られるのだろう。
化学調味料の過剰摂取は味覚を麻痺させるばかりではなく、
神経系等に異常を来たしたり、ガンの発症を高めたり、
とにかく危険がいっぱいなのである。
煮干の頭と腹を取り、前の晩から鍋の水に浸しておく。
こんな簡単な作業のどこが面倒なのだろう。
子供の頃、味噌汁に煮干しがそのまま入っていることが時々あった。
それはそれで何かオマケがついてきたようで楽しく食べた。
今考えてみると、あれは母親が前夜の煮干しの仕込みを忘れ、
出汁の出が悪いのでそのまま味噌汁の具と煮込んだためなのかもしれません。
本物の出汁は塩分使用の減少にも繋がる。
昔から培われてきた日本人の繊細な味覚。
「食育」が大事と言われていろいろな事が試みられているが、
「食育」の基本は出汁でしょう。
学校給食の現場が気になる。
まさか「ほんだし」や「麺つゆ」なんか使ってないでしょうな。





ちょいと思うところがあってそばの打ち方を変えて見た。
今までは45センチの幅出し棒を使い、
できるだけ麺体の幅を出す延し方の「蕎麦教室・築地アカデミー」方式。
これは延し上がりを8枚畳みにして切りの作業に入る。
長所は蕎麦の長さを出しやすいところ。
だが切りの仕事に時間が掛かる。
教室を主宰する「井上明」さんに直接教えてもらった訳ではなく、
書かれた本を読んでの独学なので、あまりどうのこうのは言えないが、
疑問に思うところも出てきていた。
そんな折、久し振りに「高橋名人」の蕎麦打ちを「YouTube」で見た。
極端な幅出しはせず、縦方向に延した麺体は12枚畳みにされる。
昔ながらの江戸前蕎麦打ちの基本型である。
特徴的なのは指庖丁で3枚目の麺体を切るあのやり方である。
3枚の幅がきちっと揃わないと無駄な蕎麦がでてしまう。
これが慣れないとなかなか難しい。
6年も同じやり方で打ってきたのに今更変えなくてもと思はないわけではない。
だが、細打ちの蕎麦に辛めの汁という江戸前の蕎麦を標榜するのなら、
打ち方も変えなくてはという気持ちがふつふつと湧いてきた。
土曜日の蕎麦から新しい打ち方でやった。
今までの8枚畳みの麺体と比較し、当然のことだが12枚畳みは厚さが相当違う。
包丁仕事が大変かなと思ったが逆である。
8枚畳みは薄い分だけ余計な力をいれて切っていたようだ。
厚みのある分包丁が素直にストンと落ちていく。
12枚の一枚一枚に刃先が入って行く感覚がわかる。
無駄庖丁もずいぶん少なくなった。
7年目を迎え少し進歩の兆しが見えてきたような気がする。
職人への道はまだ遠し。


ご常連のIさんは健康食品の会社を経営されている。
滝上町に農地と住宅を持ち日本全国を飛び回られている。
多忙ゆえ一月に一度ほどしか見えられないが、
来る度にいろいろなアドバイスをしてくれる貴重なお客様である。
予約の取り難い有名料理店はほぼ行ってみたというから凄い。
「蕎聖」と称され、現在の手打蕎麦の流れを作った「一茶庵創始者・片倉康雄」。
最初から美味い蕎麦を打っていたわけではなく、
舌の肥えた様々なのお客さんと出会い蕎麦の道に開眼したという。
「蕎麦屋を育てるのは良い客である」とは片倉康雄の言葉。
そんなIさんから電話が入った。
2月16日の月曜の定休日に取引先のお客さんと計5名で「にの字御膳」を使いたいとのこと。
日頃から格別にお引き立て頂いているIさんの頼みは聞かないわけにはいかない。
それに昨年の12月から悪天候のため三日も休業している。
少しでも売り上げを挽回できるチャンスである。
二つ返事で定休日の営業を承知した。
ところが日曜日の午後から強風に雪が付き始めた。
まずまずの入りで暖簾をしまってから翌日の仕込みをする。
3時間ほど眠った夜中の1時半に目が覚めた。
雪はどんどん降り方を強め、玄関前の吹き溜まりは腰までの高さになっている。
除雪の時間を計算すると起きなくては間に合わない。
蕎麦を打ち、仕込みの仕上げをし、掃除を済ませてから除雪に取り掛かる。
湿った重たい雪で除雪機の飛距離が出ない。
何とか車3台分の駐車スペースを確保すると約束の開店時刻の10時。
東京直行便で帰られる方がいるとのことで早めの開店になった。
全ての料理を出し終る頃にはヘトヘト.
「大変美味しかったです!」の言葉に励まされ後片付けをした後は爆睡。
65歳を過ぎてから体力の減退が甚だしい。
本当に無理が効かなくなった。
積雪の量は普段の年の倍近い。
後2.3回吹雪くだろうが何とか定休日にして欲しいと思う。




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