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蕎麦打ちって力仕事で大変ですねとよく言われる。
だがそんなに腕力が幅を利かす世界では無い。
少し力が要るのは捏ねの過程ぐらい。
延しや切りの仕事の段階では余分な力はかえって邪魔。
重々分かっていながら腕先の力だけでやっつけてしまうことが度々である。
そんな未熟な作業の結末は厚みの整わぬ延しと、
切り幅が微妙に違う包丁仕事に繋がってしまう。
延し棒や包丁を介して蕎麦と話をする。
そのような蕎麦との接し方が一番大事なんだなとつくづく思う。
気温や湿度が変わろうと毎日同じ蕎麦を打ち続ける、
職人仕事とはそういうものである。
例えば包丁。
スカコン、スカコンという包丁と駒板が奏でる心地の良い音。
腕や肩に余分な力が入っているとあの音は聞こえない。
修行経験のない独学蕎麦屋は、職人と呼ばれることに憧れを抱く。
独学とは毎日が間違い探しのようでもある。
このやり方で本当にいいのか自信が持てない。
試行錯誤。
まさに一歩進んで五歩下がる毎日である。
力の抜き方なんぞは、どの本を読んでも書いてなんかはいない。
そば職人への道は遥かに遠い。
今月号の「dancyu」。
見事な職人の記事が載っていた。
神奈川は湘南、藤沢の尾島肉店の店主である。
かの開高健が絶賛した希代のハム職人。
彼の言葉が職人の王道をど真ん中に通しているようで胸がすく。
「職人がこだわりなんて言っちゃいけねえ」
「じゃあ手前えにとっての当たり前はどおゆう事よ?と聞かれてしまうぜ」
「芸術品を作っているんじゃねえ。当たり前の仕事を手抜きをしないでやっているだけ」
なんでもかんでも「こだわりの何々」と表現したがる世間の風潮に杭を打つ。
新聞や雑誌の取材を受ける度に「この店のこだわりは何ですか?」と聞かれる。
「こだわりは特に無いです。普通の蕎麦を普通に打っているだけです」
素っ気なく答えるとがっかりしたような顔をする。
「こだわり」とは当たり前の仕事を当たり前以上にこなせるようになった職人に許される言葉。
力の抜き方に迷っている6年目の蕎麦屋が使える言葉ではない。
肉店には開高健の色紙が飾ってあるそう。
「朝露の一滴にも天と地が写っている」
その意味を聞かれた店主は「サボんなよ!ということだろ!」と答える。
見事。
大好きだった映画俳優「高倉健」が死んだ。
いつも彼の背中を追い続けていたような気がする。
テレビをつけるとあの板東英二が口の端に泡を溜めて思い出を喋っている。
本当に健さんはこんな奴と好きで付き合っていたのだろうかと思う。
滅多にそんなことはしないのに、1週間ほど前BSで、彼が主演の「動乱」を観たばっかり。
あの2・26事件の青年将校の役だった。
銃殺刑に処せられる時の無念の表情が健さんの最後と重なる。
生き切った笑顔だったそう。
散り際は男の美学の最終章。
とことん高倉健を演じ切った。
これもまた見事。
この国にとってかけがえのないものを失った。




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