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3月2日の吹雪は凄かった。
朝は風も無く青空が広がって、絶好の行楽日和。
天気予報が外れてくれればと願いながら開店の準備をする。
10時を廻った頃、窓の外を見ると、さっきまで春の日差しに輝いていた沙留の街並みが見えなくなっている。、
おやっと思う間も無く、渚滑の辺りも一瞬で白く煙ってしまう。
台風のような低気圧の襲来である。
そんな天気の中、15名のお客様御来店。感謝感謝。
2時近くになるとますます風が荒れ狂い、視界30センチの状況に突入した。
パートさんを帰し2時半で閉店する。
都会の方には想像すら出来ないだろうが、
視界30センチというのは、いわゆる『ホワイトアウト』である。
前後左右、さらには天地までもが分からなくなる。
この天候の急変で、近隣でも多くの方が亡くなった。
とりわけ心が痛むのは湧別の父と娘。
雪山に突っ込んだ車を捨てて、近くの農業倉庫の軒先に避難。
50代の漁師の父親は、小学生の娘に自分が着ていたものを被せ、
下着一枚になり娘を抱きかかえて吹き溜まりに埋まった。
発見された際、女の子は奇跡的に無事。
父親は抱きかかえたまんま亡くなっていたそう。
年のせいか、こういう話は涙が出て止まらない。
子供を虐待したり、挙句の果てには殺したりという報道が珍しくなくなったご時世。
人の心の在り様は抗うことの出来ない大自然の中で、
鍛えられ、磨かれて、自己犠牲という神の愛の領域に昇華する。
そんな事をしみじみと考えさせられました。
ご冥福を祈ります。
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毎朝3時過ぎには起き、蕎麦を打つ。
仕事をしながらラジオを聞くことにしている。
民放のラジオはこの時間帯、若者向けの眠気覚ましのものばかり。
ガキどもが朝からギャーギャー騒いでいるだけの放送はゴメンなので、
NHKのFMに周波数を合わせることが多い。
先日『ラジオ深夜便』という番組で、『リビング・ウイル』について語られていた。
語り手は、愛知県がんセンター名誉総長、大野竜三医師。
日本語に直訳すると『(終末期における)生前の意思表示』ということか。
命には限りがある。
高齢者に対する延命治療には以前から疑問を持っていた。
昨年、92歳の義母が亡くなった。
入院先の病院はとても良く対処してくれたが、疑問に思うこともあった。
腎臓の機能が低下して尿がほとんど出ていないのに、ドンドコ点滴が打たれる。
当然のことながら全身にむくみが生じ、体の向きを変えるのにも差し障りが出てくる。
何とか出来ないものかと見守っていた。
大野先生は、リビングウイルがあれば点滴は最低必要量に抑えられるという。
胃ろうによる延命も、経口摂取の回復が見込まなければ無意味と説く。
まったくそのとおりと思う。
末期のがんに蝕まれていても、1時間前まで普通に食事をして逝くことも可能だと言われる。
さらし葱と、おろし生姜がたっぷり乗った冷奴をあてに酔っ払った後、
西日の当る縁側で、ごろっと横になったまま、死んじまうなんていう理想のおさらばも出来ちゃうわけです。
この世の残り時間が数えられるようになったら、
大野医師の著書を一読されたらどうか。
麻生太郎の『年寄は、さっさと死ねばいい』もあながち暴言ではない。

自慢話をひとつ。
2年生の孫が、スキージュニア検定の1級に合格した。
大人の2級に該当するそうで、小学5,6年でなければ受かるのは難しい。
ソチは間に合わないけど、目指せ冬期オリンピックである。
点滴でも、胃ろうでも何でもしてくれ、そんな姿を見るまでは死にたくねぇ~、
といいかねない自分がもう片方にも居る。
3日の日曜日は空き待ちが出る大賑わい。
三回転廻したのは久々である。
流氷観光の地方のお客様が3割ほどか。
札幌、旭川方面の来客が無ければ、
この店の経営は安定しないということを、改めて知らされる。
前日の土曜も結構な入りだった。
そんな中、阿寒の個人タクシーで乗りつけた女性二人。
帯広在住の母上が、東京の娘さんを帯広空港で出迎え、
コムケ湖でバードウォチングを楽しんだ後、
『ミシュランガイド』と『食べログ』で知った当店で昼食となったそう。
『鴨南』と『鴨せいろ』をそれぞれ召し上がられて、
『美味しかったですぅ~!』と言っていただけたので一安心。
窓からはちょうど良いくらいの青と白のコントラスト。
流氷を見ながら蕎麦を手繰れるのは、
世界中でココだけですよ、と説明申し上げる。
さて、今年の流氷祭りのポスターが観光協会から届いた。
開けた途端、あまりのセンスの無さに思わず吹き出してしまう。
ポスターは最先端の営業員。
落ち目の演歌歌手を呼ぶ予算があるのなら、
もっとマシなもんを作りなさいよ。
店内掲示の依頼を無視し、四つ折にして仕舞い込む。

両手の指の不調を何とかなだめすかし、年越し蕎麦を打ち終えた。
やれやれという思いはあるが、240食やったねという様な喜びは無い。
毎年のことながら、お渡しした蕎麦の行く末が心配でどうしようもない。
出来るだけ大きな鍋で少しづつ茹でてくださいねと,
お願いしても、現実は無理な相談。
蕎麦は茹で上げ、器に盛って一人前の商品。
半完製品にお代を頂きながら、後は好きにしてねというのは無責任の極み。
少ない水で茹でられて団子になった蕎麦や、
掻き回し過ぎて切れ切れになった蕎麦が目に浮かぶ。
そんな蕎麦を食うぐらいなら、日清どん兵衛の後のせさくさくの方がよほど美味い。
てなわけで、年越し蕎麦の販売は止める方向で考え中です。
その代わりに、31日は深夜の0時頃まで『かけ』と『せいろ』のみで営業。
種物は『海老天』だけなんていうやり方を考えてます。
まっ、いうなれば昔の東京の蕎麦屋の大晦日です。
お持ち帰りの年越し蕎麦の販売は、蕎麦屋にとっては掻き入れ時。
だが、にの字の蕎麦は採算度返しで店で味わっていただきたい。
つくづく儲け下手な性格だと思う。
もとより食べていければいいと始めたこの商売。
余計な儲けを考え始めると、この店の基本姿勢が揺らいでしまう。
30日の営業最終日。
もう閉めようかなと思った時間、市内で美味いイタリアンを食べさせてくれる『クアトロ』のご夫妻がいらしてくれた。
残り少ない蕎麦は太いのが混ざってしまう。
『いやーっ、太くてごめんなさいね!』と声をかけると、
『僕はこっちの方が断然好みです!』
麺とソースの絡み具合が勝負のプロがそう言う。
考えちまう。
切りべら23本の細切り江戸前蕎麦を目指してやってきたが、
安定経営を目論むならば太目の蕎麦も眼中に入れなければならないか。
いずれにしても、いろいろと変革が必要な年になりそうです。
12月の中頃からお客様の入りが戻ってきた。
良い日もあれば悪い日もあるのは水商売の常。
一喜一憂していては蕎麦屋何ぞはやってられない。
何とか平均して入ってくれたらと思うが、
寂れる一方のこの街で暖簾を掲げた以上、
そんな安定経営は夢のまた夢。
地道にコツコツと旨い蕎麦を作り続けることが最良の策。
つくづく自分の性格に合った商売を始めたもんだと思う。
さて、クリスマスです。
40数年前、相模原の東林間にある教会に住んでいました。
当時、東林間は新興住宅地の最前線で、
日本聖公会聖バルナバ教会は、開拓教会として原っぱのど真ん中に立てられた教会でした。
クリスマスにはキャロリングという、
病院や養護施設に出向き、軒先で聖歌を歌う行事があった。
20名ぐらいの聖歌隊が、深夜0時からのクリスマス礼拝に戻れるように各所を廻った。
移動は牧師の車と信者さんの車。
自分の隣にはペロちゃんという、高校2年の女の子が座る。
母親が声楽教師をしているその子は、抜群の声量を持ち聖歌隊の中心だった。
教会へ戻る道すがら、自分の肩に舟を漕いでいたペロちゃんの頭が乗っかる。
女の子とそんな状況になるのは初めての体験。
心臓ドキドキのメリークリスマスである。
車から降りると肩口のあたりが冷っこい。
結構広めによだれの跡。
洗濯しないで、しばらく取って置いた記憶が残ってます。

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