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大学1年の英文学の授業。
テキストは「トーマス・ハーデイ」の「テス・オブ・ザ・ダーバービル」。
どんな内容だったかはすっかり忘れてしまったが、
憶えているのはダーバービル家のお屋敷の庭園の描写。
様々な季節の花が大小咲き乱れ、手入れをされているのだが自然を感じさせる庭。
その頃の年代の常として、日本的な箱庭文化に反発を感じていたこともあったのか、
理想の庭として自分の頭の中にインプットされてしまった。
それから40年。
店裏の100坪の庭が、見ようによってはそのように見える様になってきた。
クローバーの群生の小島があちこちに点在し赤い花を咲かせている。
Googleで検索してみると、何と「テス・オブ・ザ・ダーバービル」という薔薇の品種があるではないか。
残念ながら薔薇は咲いていないが、クローバーの花は今が盛りである。
ところで、大山スキー場の麓に薔薇園がオープンした。
「ロサ・ルゴサ」という市民有志によるNPO法人の手造りの庭園。
市からの助成も受けず、手弁当で造り上げたというから偉いものである。
私利私欲のためにではなく、みんなに憩いの場を提供したいという思いなのだという。
東京都議会のヤジ問題に端を発し、国や地方の議員の資質が問われている。
紋別は今、市議会議員選挙の真っ最中。
どの候補も、ただただ名前の連呼のみの選挙戦。
現職は過去4年間、市民のために何をしてきたかということを問われているし、
新人はどのようなことを市民のためにしようとしているのかを示さなければいけない。
そんな当たり前のことが分からないような選挙なんかやるだけ無駄。
かかる費用の何分の一かを「ロサ・ルゴサ」に寄付してあげた方が余程市民のためになる。
投票率の低さが懸念されているが、市政や選挙についての関心を削いでいるのが、
「お願いします!」一辺倒の騒音だということに気が付かないセンスの無さこそが、
紋別を停滞させていると思うのだが如何かな。
2週間ほど前から店のカウンターの下に小さな募金箱が置かれている。
福島原発問題で苦しむ南相馬町の子供達を、夏の数日間紋別でのびのびと過ごさせてあげようというプロジェクトの方達が設置されたもの。
国内が駄目ならとばかりに、発展途上国に原発の売り込みに熱心な安倍政権。
一体どれだけの原発マネーが影に動いているのだろうか。
そんなことを考えながら、本日の売上の一部をチャリンと募金箱に入れる。



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あんなに残っていた雪も、ここんところの20度を超える陽気であっと言う間に無くなった。
現れた地面から待ってましたとばかりに蕗の塔の若草色。
店裏の斜面は、人も犬猫も通らないから出てくるものは清潔この上も無し。
さっそく2、30個摘んできて毎年恒例の蕗味噌作り。
包丁で刻むのは面倒なのでフードプロセッサーに放り込む。
たちまちのうちに厨房の中は春の息吹が吹き荒れる。
細かくなったものを少し齧ってみると、思わず背筋がシャンとなるような苦みとえぐみ。
長い冬の間に弱った体を目覚めさせるために、自然界はこんな最適なプレゼントを用意してくれる。
胡麻油で炒め、出汁と味醂で割った合わせ味噌を入れて艶が出てくるまで練り込んだら完成。
お酒を注文してくださったお客様に、そのまま小皿にちょこんと盛ってお出ししても良いのだが、
そこでもうひと手間が『にの字』のやりかた。
大根を米糠で下茹でしたものを、出汁に酒とほんの少しの塩を加えたもので柔らかくなるまで煮込む。
出来上がったものに蕗味噌を乗せると、春限定の『風呂吹き大根の蕗味噌乗せ』。
美味いですねぇ~。
一皿で二合はいくこと間違いなし。
お酒を召し上がらないお客様も、『蕎麦日記、見たよ』の合言葉でお出しします。
それにしてもこんな苦みを旨味として感じるようになったのは何時の頃からなのか。
新鮮な塩焼き秋刀魚のわたや、ウドの穂先の天麩羅を食べれるようになったのは、
酒の味が分かりだした年代。
酒を飲む飲まないは全くの個人の自由。
だが酒が味覚の世界を広げることは間違いのない事実だと思う。
連休初日の日曜日。
30超えの入りでまずまずの滑り出し。
札幌や網走からのお客様が目立つ。
3時ごろ、残り二食となったので売り切れ仕舞いの看板を出した。
一分も経たないうちに2名様ご来店。
なんと以前の仕事でお世話になったYさんご夫妻。
仕舞の看板を見て帰ろうかと思ったが、せめて顔を見てからと戸を開けられたそう。
『辛味大根せいろ』を『美味い!美味い!』と召し上がり帰られた。
一本残らず綺麗に完売。
先ずは出足快調のGWである。

あれほどびっしりと押し寄せていた流氷が、大雪の後の南寄りの風ですっかり見えなくなった。
そのためなのだろう、例年に比べて観光のお客様が少ない。
まだたっぷりと氷が残っている網走方面に向かうのだ。
流氷でもなければ真冬の紋別に来るような酔狂な人は居ないということ。
去年もおととしも書いたような覚えがあるが、
流氷頼りの観光なんぞは、もうとっくに方向転換をしていなければならない。
一年を通してこの街を訪れてみたいと思わせるモノが必要である。
港まつりや流氷まつりのイベントしか考え付かない観光行政の貧困。
単発の催し物に観光客を呼び込もうという発想は過去の遺物である。
人々の日々の暮らしが観光の資源になるというのが理想なんでしょうな。
ところで、何でと思うくらい紋別で揚がった魚を扱う店が少ない。
地物専門の市場があればと思う。
調理の方法などを教わることができる対面販売。
地元の人が喜んで集う所に自然に他所の街の人達も集まるのである。
それが観光の基本。
二月は逃げると言われる通り、あっという間に過ぎ去り早や弥生三月である。
暖かくなるにつれ、平日でも二回転近く回せるほどお客様の入りも戻ってきた。
『鶏天そば』の売れ行きが好調である。
ここ1週間で全体の30パーセントを占める。
お会計の際、『鶏胸なのに柔らかくて美味しかった!』とおっしゃる。
テレビの食べ物番組で、お馬鹿タレントが何を食べても『柔らかくて美味しい~!』
という感想とはちいと訳が違うと思っている。
肉全般共通の包丁の使い方。
肉の繊維や筋に逆らって切ることで、柔らかく、かつ適当な歯応えでしつらえることが出来る。
当店の名物に育ってくれればこの上もない。
地元のお客様から火が付き、各地からこの蕎麦を食べたくてやってくるというお客様が増えると理想である。
毎日が工夫と勉強。
独学蕎麦屋の楽しみでもあり、少々の苦労でもある。


毎朝2時半か3時には起きる。
夜明けまでにはまだ遠い。
2階の窓から10キロほど離れた沙留の街の灯りが見えるのだが、
凍れる日にはチカチカと尖がった様な瞬きになる。
あぁ今日も打ち場は寒いなと覚悟を決めて下に降りる。
だが子供のころに経験した旭川の真冬に比べたら大したことはない。
氷点下25度や30度は当たり前。
確かマイナス30度を超えると学校が休みになり、
合図のために打ち上げられる花火が楽しみだった。
スキーを履いて登校することもよくあって、
そんな時には馬そりを待ちうける。
こっそり後ろから近づき、スキーのストックをそりに引っ掛ける。
うまくいけば、漕がなくても学校までの4,5キロの道のりを連れて行ってくれるのだが、
途中で必ず馬喰ろうのおっさんに見つかり手を離すことに。
馬の首に掛けられた鈴のシャンシャンという音とともに思い出す。
今年の流氷も大分近づいて来た様子。
寒さの質が変わってきた。
渚滑川の河口付近の海原に『けあらし』が発生するのはこの時期。
きのうの日曜日は、そんな幻想的な光景を一日中眺めることができた。
何回かカメラに撮ったのだが勇壮な雰囲気を写すことは難しい。
アマチュアカメラマンとして有名な湧別のTさんはご常連。
いつも次男の息子さんと一緒に開店15分ぐらい前に来られる。
『いやぁ~早く付き過ぎちまって!』
どうぞどうぞと席にお通しするのが常。
蕎麦を食べながらの途切れがちな会話も、喋らなくても通じ合える親子の見本みたいで良いなと思ってた。
年末年始ともにご来店されなかったので、どうしたのかなと気に掛けていたところ、
先週の金曜日の開店直後、Tさんが独りで入ってきた。
『7人だけどいいかい?』と言うのでテーブルをくっ付けて席を作っていると、
『いつも一緒に来ていた息子、死んじゃったんだ』。
びっくりしてお話を伺うと、3日ほど前に心不全で亡くなったとのこと。
葬儀の後、いつも来ていた蕎麦屋へということで身内の方を連れて来られた様。
大勢のご家族に囲まれたTさんだが、何となく寂しげに見えてしまう。
心からご冥福を祈る。



中国に、パリにそっくりの街づくりをした団地が出来たそうである。
ディズニーランドからピカチューまで厚顔無恥にコピーしまくるあの国のこと。
ある程度お金を持った階層に訴えるには、エッフエル塔や嘘シャンゼリゼ通りは効果があるのだろう。
だが、そんな行為が国際的にどんな評価をされるのかを考えていないことが、
自国の数千年の歴史の重みを置き忘れ、欧米化に走る中国の文化的な現状の表れだろう。
物真似は所詮それだけのこと、裏寂しい思いのみが募るだけ。
何年か前から『北方謙三』の『水滸伝』に魅了された。
全巻読み通し、今は志半ばにして壮絶な最期を遂げた楊志の息子の『楊令伝』を閉じようとしている。
多少のフィクションはあろうとも、今から九百年ほど前の北宋末期の頃である。
国を憂い、民を思う素晴らしい男たちがあの国に確かに存在していた。
バブル経済に踊り、貧富の差が広がる一方であるという現在の中国とそんな歴史が結びつかない。
ところ変わって我が街ここ紋別。
半月ほど前、ラベンダーガーデンとやらが出来たそうなので確かめに行ってみた。
飲み屋さんが軒を連ねる『はまなす通り』の入り口辺り。
雑居ビルを取り壊した空き地に、ラベンダーのプランターが並べられ、
なぜか小便小僧の白像も置かれている。
天気の良い昼下がり、眺める人も中で憩う人も、人は一人もいない。
観光客で賑わう富良野のラベンダー畑にあやかろうとしたのか。
2年前に開園したオホーツク流氷公園の猫の額ほどのラベンダー畑に連動させたつもりなのか。
中国の物真似と同じ気恥ずかしさを感じ、大して暑くないのに見ているうちに汗が出てくる。
確か紋別市の市花はハマナスの筈。
昔は市道の脇にたくさんのハマナスが植えられていた。
ところがあの花は雑草などに弱く、まめに手を入れないと市街地では上手く育たないらしい。
花はそれぞれに風景を選ぶ。
富良野のラベンダーも、あの丘陵地帯の眺めがあって映える花。
高倉健が『網走番外地』で歌っているとおり、
オホーツクの海の色に似合う花はハマナスでしょ。
税金の無駄使いと物真似観光は止めましょう。
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