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1月20日の水曜日、にの字の窓から見える一面のオホーツクの海は、
群青の海原の天辺に輝くような白い帯を見せてくれました。
そのあと南寄りの風が吹いたため、目視は出来なくなりましたが、
いよいよ流氷到来です。
地球温暖化の影響で、このままではやがて消え去る可能性もあるこの流氷を、
なんとか残したいと思うのは、この地域に暮らす人々の願いです。
この間オープンした流氷公園も良いのですが、
こんなにもはっきりと温暖化の影響を、目で見て肌で感じることが出来る人達は、
先頭に立って温暖化防止のために果たさなければならない役割があるはずです。
北海道も紋別市も限られた予算であるならば、
何年も前に計画された流氷公園の造成を進めるよりは、
温暖化防止のモデルケースになるような街造りのためにお金使ったほうが方がえぇんじゃないでしょうか。
ま、何はともあれ今年の流氷は結構勢力が強いそうです。
世界中で流氷眺めながら蕎麦食えるなんてとこは多分ココだけ。
2月の新作蕎麦もほぼ完成しました。
どうぞ皆さん、ご来店お待ちしてます。
群青の海原の天辺に輝くような白い帯を見せてくれました。
そのあと南寄りの風が吹いたため、目視は出来なくなりましたが、
いよいよ流氷到来です。
地球温暖化の影響で、このままではやがて消え去る可能性もあるこの流氷を、
なんとか残したいと思うのは、この地域に暮らす人々の願いです。
この間オープンした流氷公園も良いのですが、
こんなにもはっきりと温暖化の影響を、目で見て肌で感じることが出来る人達は、
先頭に立って温暖化防止のために果たさなければならない役割があるはずです。
北海道も紋別市も限られた予算であるならば、
何年も前に計画された流氷公園の造成を進めるよりは、
温暖化防止のモデルケースになるような街造りのためにお金使ったほうが方がえぇんじゃないでしょうか。
ま、何はともあれ今年の流氷は結構勢力が強いそうです。
世界中で流氷眺めながら蕎麦食えるなんてとこは多分ココだけ。
2月の新作蕎麦もほぼ完成しました。
どうぞ皆さん、ご来店お待ちしてます。
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聞くところによると、他の飲食店も似たような状況らしく、コンビ二でさえも大幅に売り上げが落ち込んでいるらしい。
政権が変わっても地方の疲弊は止まりません。
年末のテレビ番組でお決まりの上野アメ横中継をやっていましたが、
あの賑わい様を見て、よその国の映像みたいに感じたのは自分だけでは無い筈です。
不況の程度が違うと言ってしまうとそれまでですが、それほど困っていない人達の中に一部非常に困っている人達が居る社会と、ほとんど困っている人達の中に多数の本当に困っている人達が居る社会との格差がどんどん広がっているようです。
母親から何億もの小遣いを貰っちゃった総理大臣や、三億だか四億だかの箪笥貯金をしていた幹事長がいる政権が、地方の痛みを分かった様なことを言っても言葉だけが虚しく響く。
JALのOB連中もさんざんごねておきながら、三分の二の同意が得られなければ、高額な企業年金が三割減から六割減になるといわれた途端に賛成するなぞ本当にみっともない。
てな訳で新年早々ぼやいてしまいましたが、今の時季、新蕎麦の味も落ち着き、本当に旨いお蕎麦をお出しすることが出来ます。
氏素性の明らかな蕎麦と国内産の素材にこだわった出し汁が醸し出す協奏曲を、窓一面の冬枯れの景色と共に、どうぞにの字でお楽しみ下さい。
大晦日から元旦にかけて大荒れの天気が日本列島を襲っているようですが、
紋別は暖かく穏やかな年明けを迎えています。
31日はご予約を頂いた年越し蕎麦のお渡しのみで、
通常の営業は休まさせていただきました。
ところが結構お蕎麦を食べにご来店されるお客様は多く、
今年はどうしようかなと今から考えちまってます。
世の中、不景気不景気と言っていますが、
テレビ中継の上野アメ横や築地の場外市場の賑わいを見ると、
格差社会といわれている今、職も無く寝るところも無い本当に困っている人と、
余力を持ちながら困っている人との格差が広がっているのかなと感じてしまいます。
蕎麦の需要が落ち込んでいるという新聞記事が昨日載ってましたが、200円台でそれなりの弁当が買える時代に、600円以上のお金を使って蕎麦を食べることは贅沢なことかもしれません。
でも人間にとって食べるという行為は、ただ単純に空きっ腹を満たすだけのものではないはずです。
蕎麦に例えるならば、まず出された蕎麦の色艶、切り口などを目で楽しみ、
口に含んだときの舌ざわりや歯ざわり、喉を落ちていくときの微かな蕎麦の香りやざらつき感を感じながら楽しむなど、人間が持つ五感を総動員させても味わいきれない深いものがあるのです。
その様な感覚が軽んじられたり無視されたりするような時代にはなって欲しくはありません。
今、食育という事が盛んに言われています。
国や自治体の重点目標に入っているようで様々なイベントが開かれていますが、
食育はイベントじゃない。
一昔か二昔に返って、婆ちゃんがどのようにして食事を作っていたかを思い出せばいい。
みんな化学調味料など使わずに味噌汁の出汁を摂っていたはずです。
ちゃんと作られた味噌汁を毎朝食べる、そんな事が食育の原点ではないのかなと思います。
通常にの字は朝5時から店に出ます。
2時間から3時間掛けて蕎麦を打ち、その日のかけ汁を作ります。
かけ汁に使用する食材は、国産の干し椎茸、厚岸の昆布、四国は土佐の宗田節と鯖節です。
蕎麦は勿論のこと、汁の作り方にも江戸時代からの伝統にこだわり、
昔ながらの味を再現することに務めています。
書類の上だけで『食育』という言葉を躍らせているお役人さん達、
ぜひ当店の蕎麦と汁を味わって下さい。
そして無駄な『食育とやらのイベント』に税金を使わずに、
まっとうな仕事をしている蕎麦屋を助けてくれませんかね。
紋別は暖かく穏やかな年明けを迎えています。
31日はご予約を頂いた年越し蕎麦のお渡しのみで、
通常の営業は休まさせていただきました。
ところが結構お蕎麦を食べにご来店されるお客様は多く、
今年はどうしようかなと今から考えちまってます。
世の中、不景気不景気と言っていますが、
テレビ中継の上野アメ横や築地の場外市場の賑わいを見ると、
格差社会といわれている今、職も無く寝るところも無い本当に困っている人と、
余力を持ちながら困っている人との格差が広がっているのかなと感じてしまいます。
蕎麦の需要が落ち込んでいるという新聞記事が昨日載ってましたが、200円台でそれなりの弁当が買える時代に、600円以上のお金を使って蕎麦を食べることは贅沢なことかもしれません。
でも人間にとって食べるという行為は、ただ単純に空きっ腹を満たすだけのものではないはずです。
蕎麦に例えるならば、まず出された蕎麦の色艶、切り口などを目で楽しみ、
口に含んだときの舌ざわりや歯ざわり、喉を落ちていくときの微かな蕎麦の香りやざらつき感を感じながら楽しむなど、人間が持つ五感を総動員させても味わいきれない深いものがあるのです。
その様な感覚が軽んじられたり無視されたりするような時代にはなって欲しくはありません。
今、食育という事が盛んに言われています。
国や自治体の重点目標に入っているようで様々なイベントが開かれていますが、
食育はイベントじゃない。
一昔か二昔に返って、婆ちゃんがどのようにして食事を作っていたかを思い出せばいい。
みんな化学調味料など使わずに味噌汁の出汁を摂っていたはずです。
ちゃんと作られた味噌汁を毎朝食べる、そんな事が食育の原点ではないのかなと思います。
通常にの字は朝5時から店に出ます。
2時間から3時間掛けて蕎麦を打ち、その日のかけ汁を作ります。
かけ汁に使用する食材は、国産の干し椎茸、厚岸の昆布、四国は土佐の宗田節と鯖節です。
蕎麦は勿論のこと、汁の作り方にも江戸時代からの伝統にこだわり、
昔ながらの味を再現することに務めています。
書類の上だけで『食育』という言葉を躍らせているお役人さん達、
ぜひ当店の蕎麦と汁を味わって下さい。
そして無駄な『食育とやらのイベント』に税金を使わずに、
まっとうな仕事をしている蕎麦屋を助けてくれませんかね。
いっちょまえの蕎麦職人になりてぇ~と思いながら毎日蕎麦を打ってます。
独学で蕎麦屋を始めた以上、3か月であなたも蕎麦屋を開店できます、
なんていうプロ養成蕎麦教室にいまさら通う訳にはいかねぇし、
始める前から通おうなんて気持ちはさらさらありませんでした。
たったの3か月で身につくもんではないということが、10年以上自分流で蕎麦を打ってよく分かっていたからです。
職人への近道はどこかの店に修行に入ることです。それも一通り上辺だけのことを覚えるだけでも最低3年は必要でしょう。
そんなことを大胆にも全部省略してしまって、いきなり蕎麦屋をやってしまったからには当たり前だよ~ん、
と自分で自分に言い聞かせているのですが、毎日が試行錯誤の連続です。
しかもお金を頂いて蕎麦をお出しするからには、一定以上の水準を保ちながらの錯誤でなければならないということが常に伴うわけです。
蕎麦にしても、つゆにしても上手くいかないところは毎日少しずつ変えながら様子を探ります。
そんな時常に頭に浮かぶのは、蕎聖と称される故片倉康雄先生の言葉です。
『いつも後から振り返ることが出来る仕事をしなさい』
往々にして職人なんていうものは、目方を計るにしても『こんくらいだ』とやっちまいがちですが、
そんなんでは本当の仕事を覚えることは出来ませんよということです。
蕎麦の加水の量は勿論のこと、出しの煮詰め時間、節の分量、火加減、全部が万事後から見直すことが出来るようにきちっと数字で把握することが大事なのです。
てなわけで、毎日数字は計っているのですが上手くいかねぇ~なぁ~。
蕎麦職人への道は果てしなく険し!!
独学で蕎麦屋を始めた以上、3か月であなたも蕎麦屋を開店できます、
なんていうプロ養成蕎麦教室にいまさら通う訳にはいかねぇし、
始める前から通おうなんて気持ちはさらさらありませんでした。
たったの3か月で身につくもんではないということが、10年以上自分流で蕎麦を打ってよく分かっていたからです。
職人への近道はどこかの店に修行に入ることです。それも一通り上辺だけのことを覚えるだけでも最低3年は必要でしょう。
そんなことを大胆にも全部省略してしまって、いきなり蕎麦屋をやってしまったからには当たり前だよ~ん、
と自分で自分に言い聞かせているのですが、毎日が試行錯誤の連続です。
しかもお金を頂いて蕎麦をお出しするからには、一定以上の水準を保ちながらの錯誤でなければならないということが常に伴うわけです。
蕎麦にしても、つゆにしても上手くいかないところは毎日少しずつ変えながら様子を探ります。
そんな時常に頭に浮かぶのは、蕎聖と称される故片倉康雄先生の言葉です。
『いつも後から振り返ることが出来る仕事をしなさい』
往々にして職人なんていうものは、目方を計るにしても『こんくらいだ』とやっちまいがちですが、
そんなんでは本当の仕事を覚えることは出来ませんよということです。
蕎麦の加水の量は勿論のこと、出しの煮詰め時間、節の分量、火加減、全部が万事後から見直すことが出来るようにきちっと数字で把握することが大事なのです。
てなわけで、毎日数字は計っているのですが上手くいかねぇ~なぁ~。
蕎麦職人への道は果てしなく険し!!
12月に入ってから週末を除き低調な日が続いています。
景気の2番底が来るかもしれないという報道がされていますが、
北海道の北の端っこのこの地には、リーマンショック以前からどん底を突き破る不景気で、何番底だか考える余裕が無いような状況にはまり込んだまんまです。
政権交代がなされても、地方の悲鳴をきちんと聞き入れてくれる政治はまだまだ先のようです。
そんな中、13日の日曜日は30人を超えるたくさんのお客様に来ていただき、
3時過ぎにはあと4人様位かなという残り具合になりました。
4時にお一人様が入られ鶏せいろの大盛りです。
間も無くして電話が鳴り四名様で来たいとのこと。
お二人様はなんとかなると思い、二名様のご予約で受け付けました。
10分ほどでご来店。ところが蕎麦を計ってみると50グラムほど足りない。
4時のお客様の大盛り分が頭に入っていなかったのです。
せいろとかき揚げ天、それぞれ100円引きで勘弁していただきましたが、
4名様のご希望を2名様に減らしてまで来ていただいたお客様に本当に申し訳なく、
プロ失格と頭を引っぱたいた次第です。
常に先を読み、ギリギリの余裕の無い仕事はするんじゃねぇと店の者にも言っている店主として、引っ込みがつかないこと甚だしい。
反省、反省、大反省。